"伸び"についてと、楽しかった週末の話。

伸びについて考えました。

 

オタクだから、「◯◯は伸びるけど、△△は伸びないよね」みたいな会話をしがちで、それを行動の動機づけにしていたりするわけなんだけど、それには客観的に見た"伸び"と、主観的に見た"伸び"があるのかな、と思う。

 

客観的な方は、誰が見てもわかるようなやつ。かわいいとか(まあこれも個人差はあると思うけど)、喋りが上手いとか、歌が上手いとか、性格良さそうとか、レスが来るとか。例えば、能力が高くなくても「そこが良い」と思わせるような天性の何かを持ち合わせてる人もそうなのかも。

対して主観的な方。これってもう理屈じゃないから、その人なりの思うところがあったりする。だから、もしかするとそれは惰性なのかもしれないし、本当にその人のことを評価した上での応援の仕方ではないのかもしれない。本当の評価ってなんだよって話だけど、要は能力的なところだけでは見ていないってことなんだと思う。

 

でも正直、別に好きなら応援すればいいじゃんという話。客観的に伸びるかどうかなんてそんなものはどうでもよくて、自分の中でその子が伸びてるなら、応援すればいいじゃん。

もちろんオタクは伸びる伸びないの話をするのが好きだから、口を開けばそういう話はするけれど、それって「本日はお日柄もよく(以下略)」的なものなので、特にあてにすることでもないのでは、と思う。

 

 

まあそんなことは全くどうでもいいんだけど、推しメンが不器用なりにオタクのことを大事に考えていたことがちゃんとわかって、嬉しくなった週末でした。

いつもはエンジョイを自称してますが、正直結構好きだし気持ち的には応援しているつもりです。

推しメンと10秒間目を合わせながら告白するやつとか、かなり好きじゃなかったらそんなことやらないので。

泣かせられなかったのでまだまだだったけど、来年は頑張ります。

メールを読んでくれたのも、かなり嬉しかった。(内容はアレだったから読まれないと思ってたし、読まれてる時はなんかツラくなってたけど)

 

「ちょっと変だけど、一応私を応援してくれている人」的な立ち位置に憧れて、変に斜に構えたり変に何かを企画して頑張る素振りを見せたりするけど、ちょっと(かなり?)ひねくれているだけで、好きな気持ちはちゃんとあるし、それが伝わってればいいな、なんて。オタクごときがおこがましいんだけどね。

 

でも本当に好きだから、それはたまにはちゃんと言わなきゃいけないなと思ってるし、こういう機会はありがたいなと思ってます。

 

 

本当に、ありがとね。

 

 

頑張ってる子を応援するオタクで居続けたいな、なるべく。